「片耳難聴を武器に」言語聴覚士として働く。朝ドラ、レクチャーエピソード。きこいろ代表スペシャルインタビュー

2020年6月29日 − Written by きこいろ編集部

自身の突発性難聴による左耳難聴について

岡野さんご自身についてお聞きしたいと思います。『半分、青い。』のヒロインは、おたふく風邪による中途失聴でしたが、ご自身の片耳難聴になったときの経緯など教えていただけますか。

私の左耳が全く聞こえなくなったのは、中学二年生のときの突発性難聴という診断です。

そのとき、母はすぐ病院に行こうって言ってくれたんですけれども、ちょうど部活が忙しくって。「えー部活休みたくないから行きたくない」って言って(笑)病院に行かずそのままにしていたら、結局原因も分からない、改善はしないって、2ヶ月後に大きい病院で検査をした結果の診断が「突発性難聴」で。

そのときの感じ方やどういうふうに思われましたか。

それがそんなに…、すごいショックを受けたわけでもなかったんです(笑)

「あ、なんか飛行機に乗って耳が詰まった感じみたいなのがずっと続いてる」って思って。なんか変、なんか変、とは思っていたんですけど。それよりも部活を休みたくなかったので。

それと、私はいとこがいるんですが、彼も中学3年生のときに突発性難聴で右耳が聞こえなくなってるんです。だから、「ああ、お兄ちゃんと一緒か」っていうくらいの捉えで。

ポジティブに捉えることのほうが多かった?

ポジティブ…まあそうですね。何せ中学生だったので、病院に何回も早退したりして通ったんですけれども、ちょっと特別感?(笑)。なんか皆と違う特別なことしてる、って気持ちのほうが大きくって。すごくショックを受けたっていう記憶があんまりないです。意外と。

学校生活で何か困ったことかはありましたか。

全員が私が片耳聞こえなくなったって知っているわけではなかったので、中には「え?え?」って聞き返すと、悪気は全然ないんですけれども「あんた耳悪いんじゃないの??」みたいなことを言われて、「本当に悪いんだけどな…」と思ってました(笑)

仲良い友達は私が片耳聞こえてないことを知ってて、「私こっち座りたい」って言えば「はいどうぞ」って感じで座らせてくれて。今でも、部活が一緒だった友達なんかは、初対面の人と一緒にご飯を食べますって場でも、「あ、この子こっち聞こえないからこっち座ってあげて」って、私の代わりに言ってくれたり。それが私としてはすごく居心地がよくって。そういう友達には恵まれたかな、って。

それもこう、重く捉えてはなかったっていう感じですか。

なかったですね。私自身あんまり覚えてないんですけれども、中学生の頃、難聴のことに関して友達になんか言われたことがあって、それを母に言ったら「そんなこと言ってくるのは友達じゃないよ」っていうふうにはっきり言ってくれたんですね。

強いですね(笑)

(笑)それもあって、こう、逞しく受け入れていけたのかな、と。母がそんなふうに100%味方でいてくれたのは、私という人間を作り上げる上ですごく大きいなって思います。

母は母なりにショックを受けた部分もあったのかな、とは思うんですけれど。それをあんまり私には見せなかったかな、と。母も、甥っ子が同じように聞こえなくなるっていう経験をしていたので、事前情報があったのがすごく大きいのかな、と思うんですが。事実を事実として私に包み隠さず話してくれていました。

インタビュー中の前川と岡野
インタビュー時も左耳難聴の岡野が左側に、右耳難聴の前川が右側のべスポジ

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