聴神経腫瘍で片耳難聴になったジャーナリスト「目に見えるものが、全てじゃない」

2023年4月1日 − Written by きこいろ編集部

佐々木さんは、新聞記者として働いていた38歳の頃「聴神経腫瘍」によって右耳が聞こえなくなりました。

また現在に至るまでに、潰瘍性大腸炎や心臓の病気など、大きな病気をされてきたそうです。

困難な経験をどのように捉えているのか、作家・ジャーナリストとして幅広く活躍される中で感じた、片耳難聴を持ちながら仕事をする難しさや片耳難聴との付き合い方について、お話を伺いました。

お話を伺った方のプロフィール

  • 名前佐々木俊尚
  • 年代/性別:60代/男性
  • 仕事:新聞記者 → 作家・ジャーナリスト
  • 聴力の程度:右耳が全く聞こえない
  • 原因/時期:38歳の頃/聴神経腫瘍のため
  • 治療経験:突発性難聴の疑いで入院治療→聴神経腫瘍と診断され手術 
  • 補聴機器の使用:試したことがない
  • 自己開示の有無:必要なときにする
  • 片耳難聴の受けとめ:仕方がないから抱えてく
佐々木さん提供

目次

1.聴神経腫瘍による片耳難聴に
  「慣れるまでに1年、受け入れるまで5年」
2.コミュニケーションが重要な仕事
  「伝えるのは、不具合があったら」
3.自分のやれることをやっていく生き方
  「みんな何かしら抱えて生きている」

1.聴神経腫瘍による片耳難聴に「慣れるまでに1年、受け入れるまで5年」

(聞き手:きこいろ事務局 麻野):発症したときの状況や経緯は、どのような感じだったのでしょうか?

佐々木さん:当時、毎日新聞社会部の記者でした。1998年7月、自民党の党本部にある大会議室で、当時の小渕恵三さん(元首相)がちょうど自民党総裁になる日でした。

その取材中に突然、右耳が「ピーン」と音がして聞こえなくなってしまって。片耳に何が起きたんだろう…ってよくわからないまま会社に戻りました。

それで先輩に耳が聞こえなくなったって言ったら 「たぶん突発性難聴だから、ほっとくと本当に聞こえなくなっちゃうよ。すぐ病院に行った方がいいよ」と言われ、早めに会社を引き上げて病院に行きました。

それは大変でしたね。

医師からも最初、突発性難聴だろうということで翌日から入院1週間。ステロイド剤を大量に打つ治療を行ったんですが、「念のため検査もしましょう」となってMRIを撮ってもらいました。すると、「佐々木さんこれは突発性難聴ではありません。右耳の聴神経の上にピンポン玉サイズの腫瘍ができている」と言われてしまったんですね。

当初は突然聞こえなくなり、驚かれたのではないでしょうか。

そうですね。僕の場合は、聴神経腫瘍を手術で取るもので、8時間ぐらいの手術をしたのですが、結局右耳の聴力はほぼ0になりました。

それから、聞こえないことで不自由な場面も多くて。耳に何か皮を被せたようなすごい変な感じがあって、違和感に慣れるまで1年ぐらいかかりましたね。

精神的にも、聞こえなくなったことで、“社会人失格” ぐらいに感じていた頃もあって…辛かった時期もありました。そこから「まあ、片耳失聴でもいいか」って思えるようになったのは5年とか経ってからじゃないかな。今は、なんでも折り合いはつくものなんだなっていうのは段々とわかってきました。


  • *聴神経腫瘍とは
  • 内耳と脳を繋ぐ内耳神経(聴神経および前庭神経)に腫瘍ができる疾患。10万人に一人程度の発症率で、多くが片側のみに起こり良性腫瘍であることが多い。原因ははっきりと分かっておらず、治療法は、放射線や手術などケースに合わせて行う。症状は、聴力低下の他、耳鳴り、めまいやふらつき、腫瘍が大きくなると、顔の麻痺や意識障害が起る場合がある。腫瘍の大きさによって除去する手術を行う必要があり、除去手術の際に聴神経が傷つくことで失聴する場合がある。

2.コミュニケーションが重要な仕事「伝えるのは、不具合があったら」

お仕事柄、コミュニケーションが大事な環境に置かれていたと思うのですが、どうされていたのでしょうか?

耳のことは周囲にはあまり言ってなかったし、「言っても理解されない」って思っていましたね。

というのも、私は他にも「潰瘍性大腸炎」という病気を患っていたのですが、なんとなく2000年頃までは自分の病気や障害みたいなものは、あんまり言わない方がいい…みたいな雰囲気を感じていたんです。

だから、耳のことも話してもな、、という感じで、なるべく言わないようにしていて。不具合が出た時だけ伝える感じでした。

話したとしても、「片耳が聞こえるんでしょ」って相手から言われると、今度は「両耳が聞こえるのと片耳が聞こえないのとで何が違うのか」って説明をしなきゃいけないじゃないですか。その説明が大変だなと思って。

今は、時代とともに開示しやすさが変わったと感じられますか?

そうですね、最近は、だんだんと以前よりオープンにしやすくなっている印象はあります

僕は、聞かれれば答えるし、Twitterでも時々片耳難聴についての記事を紹介して、それこそ「きこいろ」さんの記事を紹介したりとかして、公にはしてます。

それでもやっぱり、なるべく自分から積極的に説明はしないようにしていて、不具合が出た時だけ言う感じです。片耳難聴って、見ても分かんないですよね。見ても分からないものを、どういうタイミングで、どう説明するのが良いかがちょっと難しいっていうのがあって…。人に会うたびに、「実は私は、片耳難聴です」って最初に言うのも変だなぁと。

お仕事でも、特に配慮はお願いしされていませんか?

はい、特にお願いしてないです。

でもたしかに、記者をしていたとき取材でイベントに行っても、人が多くてざわざわしているから相手が何を言ってるかわからないことはありました。たとえば、幕張メッセの見本市に取材へ行ったものの、もう途方にくれるぐらい取材ができない、相手が何を言っているのか全く聞こえないとか。こういう場での取材は、難しくなったのがよく分かりましたね。

あと、自分がパネラーとして登壇する機会もあるんですが。ある時、フェス会場の一角でやったのは聞こえにくくて困りましたね。6〜7人でのパネルディスカッションで、 全員もちろんマイクを持って喋っていたんだけど、周りもイベントをやっていて騒がしい訳だから他の人の声は聞こえても何を言ってるか分からなくて。自分の喋りたいことだけ話して帰ってくることもありました。

現在はジャーナリストとしてテレビのお仕事などもされていますが、インカムをつける必要はありますか?

インカムをつける場合は聞こえる方につけるしかないので、聞こえる側が塞がって微妙に困りますね。テレビだけじゃなく、ラジオでも割と多いですね、そういう場面が。

「まずい聞こえないな」と思ったら、そこで初めて「すいません、右耳が聞こえないんですけど」っていう風に説明します。今の時代、耳が聞こえないのでって言って、それで無視する人は普通いないですよね。

開示してしまえば、何かしらの配慮をしてもらえるのが現状です。日本も、以前より障害に理解のある国になったから、 そこは楽だとは思いますね。

報道関係の仕事に就きたいと希望している片耳難聴の学生さんもいらっしゃいます。佐々木さんの視点では、どう思われますか?

今は、必ずしもその事件事故の現場に行く仕事ばっかりじゃなくて、データを分析してそこから見えるものを分析していく、みたいな新聞記者もいるし。本当にじっくり対人インタビュー取材を重ねていって1つの物語を書くみたいな…。

騒がしいところに行かなくても、できる仕事はあるので、そういうやり方の仕事を目指すのであれば、僕は片耳難聴でも大丈夫だと思いますね。

シビアな状況で働かれてきたのだと思いますが、そんな中で、周りの人の対応で嬉しかったことってありますか?

右耳が聞こえないって1回言っただけなのに、ちゃんとずっと覚えててくれている方がいて…。食事をするときに「佐々木さん、そっちの方がいいですよね」とか言って席を聞こえる側に変えようとくれたりとか。「あぁ、ちゃんと覚えてくれたんだ」って感動したことは何度もありますね。


  • *潰瘍性大腸炎とは
  • 大腸の粘膜に炎症が起きる病気。下痢や血便、腹痛、発熱、貧血、さまざまな合併症が発現することもある。日本の推定患者数は約22万人。
  • 詳細: https://www.ibd-life.jp/
佐々木さん提供

3.自分のやれることをやっていく生き方「みんな何かしら抱えて生きている」

「片耳難聴になって慣れるまで5年かかった」と先ほど仰っていました。聞こえる方の耳も聞こえなくなってしまったり、年齢とともに聞こえづらさが出てきたら…など、佐々木さんは考えることはありますか。

それは確かに、時々考えることがあります。「聞こえる耳もダメになったら、どうしよう」って。

でも、そこは心配してもしょうがないなって。いろんな病気を散々して次第に思うようになりましたね。改善しようと努力すれば、ある程度前向きになれることも体で理解できているので、もうあとは信じるしかないかなって。

普段、気を付けていることはありますか?

僕の場合、聞こえる方の耳を大事にしてるかっていうと、そこまで大事にはしてないかもしれないですね…。

ただ、ヘッドホンとイヤホンはあまりしないようにしてますね。 オンライン会議ぐらいは使用しますけど、音楽を聞くときは基本的にスピーカーで聞くようにしています。これも今はフリーランスだから、家で仕事してるからできることですけどね。「座る位置取りを気にしない」というのもだし、在宅で仕事ができてるっていうのは僕の場合、恵まれているなと思いますよ。

改めて、ここまでお伺いして、片耳難聴に限らずいろんな苦労をされてきた結果、悟りのようなものを得られたのかなと感じましたが。

まぁそうですね、すごく悟ったんだと思います。

それで、ストレスを抱えないことが大事だと思って。ささやかだけど不快なことっていっぱいあるじゃないですか。耳が聞こえない問題でもね。そのささやかな不快なことを1つ1つ取り除いていくことで、気が楽になると。

病気や障害になったとしても、その不快さを減らすことを心がけて生活するのがいいかなと思っています。

自分自身でのストレスを軽減する工夫はもちろん、周りの人や社会・世の中がどんな風になったらよいなと思われますか。

あらゆる病気や障害について、口に出して言えるようになったらいいですよね。 

片耳が聞こえないから、「佐々木に話しかけたら無視された」って思われることがあるかもしれないけど、それは単に「佐々木が悪い人だったんじゃなくて、耳が聞こえなくなったんだ」ってことを分かってもらいたいなってのはある。 

「“ふつう” じゃなく見える行動を取る人の背景にあるものは何なのか」、それをみんなが理解するってことが僕は大事だと思う。そういうのがちゃんと、認識される社会にはなってほしいですよね。社会の受け入れる土壌ができてこそ、当事者も自分の病気や障害、困ったときに言えるようになると思っています。

そのためには、地道に知ってもらうしかないですよね、きっと。

そうですね。別に、片耳難聴の人に限らないことで、ありとあらゆることを、ちゃんと正しく広めていくことが大事なんじゃないかなと思います。

最後に、読者へのメッセージをお願いします。

片耳難聴って見た目は全く分からないですよね。でも、見た目で全く分からないからと言って何も問題を抱えていないわけではないこと、そういう方が沢山いるのを、みなさんに知ってほしいです。

また当事者の方は、自分の力が発揮しやすいような環境や仕事を選ぶことは大事だと思うけど、 そこをきちんとクリアすれば、そんなに大事に考えすぎないで楽しく生きていけたらいいですよね、僕自身もそうあろうと思っています。

自分のやれることをちゃんとやっていって、自分がやれないことに関しては気にしない、そんな生き方をしていきたいですね。


  • *参考:イヤホン難聴について
    ヘッドホンで、大音量で長時間の音楽を聞くことで、難聴のリスクが高まるとWHOでも警告を鳴らしている。詳細はこちら

きこいろとは

有志の片耳難聴当事者や専門家を中心とした、ボランティアが運営する任意団体。
多様な聞こえのある人が過ごしやすい社会になること願い、2019年日本で初めての片耳難聴のコミュニティとして設立。
情報発信や啓発活動、交流会・勉強会などを行っています。

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