子どもの頃から右耳が聞こえない、25歳のチョウさん。
数年前に中国から日本の大学に留学し、言葉や文化の違いがある中で、現在はアートの研究に励んでいます。
きこいろとして外国籍の方へのインタビューは、今回が初めてです。
聞こえもいろいろ、人生もいろいろ。ひとつの例として参考になれば幸いです。
目次
- 中国と日本の違い
- 幼い頃からあった違和感
- 日本への留学、そしてこれから
お話を伺った方のプロフィール
- 名前:チョウ エンリン
- 年齢:25歳
- 所属:大学院の芸術学研究科
- 聴力の程度 :右耳がまったく聞こえない。左耳は正常聴力
- 原因/時期:4-5才の頃から自覚はあるが、正式な診断は中学生。原因不明
- 治療経験:特になし
- めまいや耳鳴りなど:ややあり
- 補聴器機やツールの使用:字幕付き映像があれば選択する
- 自己開示の有無:今は必要に応じて開示
- 片耳難聴の受けとめ:向き合いたいテーマだと思っている

中国と日本の違い
ーー日本に留学しようと思ったのは、どうしてですか?
チョウさん)同じ東アジアの国なので似ている部分もあり、魅力的だと思ったからです。誰も知り合いはいませんでしたが、知らない環境に身を置くことも自分を成長させる大切な経験だと考え、留学を決めました。
異なる言葉や文化、新しい生活は大変なことも多々ありますが、大変でも諦めたくないと思いながら過ごしています。
ーー留学するにあたり、片耳難聴が制約になることはありましたか?
チョウさん)片耳難聴が留学の審査に影響することは特になく、申告の義務もありません。
健康診断での聴力検査はありましたが、形式的なもので、結果によって留学可否が決まるということはなかったです。
ーーそうなんですね。ところで、片耳難聴の方の集まりやサポートが盛んな国はそれほど多くありませんが、中国はどうでしょうか。
チョウさん)中国でも、片耳難聴の認知度はまだまだ低く、「障害」として見られることもあまりありません。支援制度や学校での配慮も、両耳難聴に比べるとほとんど整備されていない状況ですね。
私が一当事者として知る限り、最近は、病院のWEBサイトに片耳難聴について触れた記事が掲載されるようにはなりました。ですが、広くて人口の多い国ということもあって、地域によっては情報や支援が届きにくく、全国規模でのサポートは追いついていないようです。
きこいろのように、民間ボランティアとして全国規模で継続的に活動する団体も見かけません。
人口に比例して、片耳難聴の方もたくさんいらっしゃいます。つまり「見過ごされがちな人たち」が多く存在しているということです。
ーー片耳難聴に関して、日本と中国の違いを感じることはありますか?
チョウさん)個人的な印象ですが、中国では競争がとても激しいです。そのため、片耳難聴については、親から「あまり周りに言わないほうがいいよ」と言われていました。
ですので、自身の片耳難聴のことは人にはあまり言わずに来ましたし、他の片耳難聴の方に会ったこともなかったです。
片耳難聴に限らず、病気や障害が就職などで不利になったり、悪意を持ってそれを利用したりする人がいるからです。たとえば、民間の企業では、出世を阻まれるように重要な業務を任せてもらえないことがある…と聞いたことがあります。
教育においても「インクルーシブ」という概念はまだ定着しておらず、重度の障害がある場合、そうでない人と分けられて学校に通うのが一般的なようです。
ーー日本でも、差別や偏見が問題になり、近年は少なくとも法律が整備されてきましたが…
チョウさん)「片耳難聴だから」と感じるような、あからさまな差別や偏見は、日本では感じたことがないように思います。一見して、片耳難聴であることが分からないからかもしれませんが。
中国からの留学生として、外国人への差別や偏見かなと思うことは少しあります。大きな実害を受けたことはないと思いますが、難しい問題ですよね。
幼い頃からあった違和感

ーー改めて、チョウさん自身の片耳難聴について教えてください。
チョウさん)私は早産で生まれて、小さい頃は体が全体的に弱かったんです。
聴力に関しては、幼稚園生のときから「なんだか右耳だけ聞こえにくいな…」と感じていました。でも、家族に言っても子どもだから「ふざけてるだけでしょ」と、あまり信じてもらえませんでした。
中学生になってからのある日、フラフラとめまいがして、病院に行ったんです。最初は「血糖が足りていないのかも」と言われました。それで、ブドウ糖の点滴を打ったのですが、全然良くならなくて…。
その後、耳の検査を受けたら、片耳が聞こえていなかったと初めて明確にわかりました。原因は分からず、「治すのは難しいですね」と言われました。
ーー当時は、どんなお気持ちでしたか。
チョウさん)「もう治らない」と中学生の頃に診断されたときは、やはり少しショックでした。
でも、日常生活は普通に送れていて、「自分は恵まれている方だな」と思ったので、割とすぐに受け入れることができました。「もう人生終わりだ…」と絶望するようなことはありませんでした。
今はもう、片耳難聴であることにも慣れていて、身体的な違和感はありません。「以前は聞こえていたのに…」という感覚がないのは、逆に良かったのかもしれません。
ーー片耳難聴だと診断されるまで、幼稚園や学校では、全く気づかれなかったのでしょうか。
チョウさん)はい。賑やかな場所での集団での会話は聞こえにくいこともありましたが、先生は気づいていなかったですね。
昔の記憶なのでうろ覚えですが、人が多かったこともあり、先生もそこまで見きれなかったのだと思います。特に大きな問題も起きなかったですし。
ーーご家族は、診断後はどのような様子だったのでしょうか。
チョウさん)家族は、とても心配してくれました。特に、母は音楽を仕事にしていたこともあって、敏感だったと思います。
家族を悲しませたくなかったので、私が自分から耳のことについて話すことはあまりありませんでした。家の中で、特別に配慮されることもありませんでした。
家庭環境がシングルだったこともあって、親に苦労を余計にかけたくなかったですし、片耳難聴に関することで親を責めたこともありません。
母は音楽の教授で、立派な人です。そんな家族に育ててもらったからこそ、私も前向きな性格になれたのかなと思っています。
ーー診断以降、学校で席の配慮などはしてもらいましたか?
チョウさん)分かってからも、席を変えてもらいませんでした。
やはり、片耳難聴であることをあまり言いたくないと思っていましたし、説明をするのが面倒だとも思っていました。ただ、目が悪かったので、それを理由に前の方の席にしてもらっていました。
高校生のときに、初めて周囲の人にきちんと伝えたように思います。寮に住んでいて、そこに仲の良い先生や友だちがいたので、片耳難聴のことを話しました。驚いていましたが、そこまで特別に心配や配慮をされることはありませんでした。
それから少しずつ、聞こえにくい場面では「片耳難聴で聞こえにくい」と伝えるようになりました。また、友だちから「私の話、聞こえてない?」などと言われたときは「そういうことではなくて、片耳難聴なんだよ」と伝えてきました。
日本への留学、そしてこれから

ーー留学してからの生活はいかがですか。
チョウさん)新しい環境に飛び込むのは、勇気がいることです。留学生は、同じ学年にもう一人だけだし、最初は生活を送るにも分からないことばかりですし。
周りの方が声をかけてくれるのは嬉しいですが、日本語に自信がないので、まだまだ上手くコミュニケーションがとれていません。
大学のゼミも対話がメインなので、日本語の専門用語が難しく、つらい時もあります。もっと勉強しなきゃと思っています。
もちろん、困ることだけではなく、周りと違っていることで面白い点もありますよ。
ーー片耳難聴だと、語学が苦手になるのではと心配される方もいますが、何か工夫されていることはありますか?
チョウさん)そもそも、誰にとっても語学を習得すること、母国語以外でのコミュニケーションを取ることは難しいと思います。
聞こえにくいと、なおさら大変さもあるかもしれません。でも、片耳難聴があっても努力や工夫をすれば語学は習得できると思います。私は、母国語以外では英語と日本語を勉強してきました。
日本語に関しては、留学前に語学学校に1年通っていました。自分で勉強するときは、アプリや教材では必ず字幕をつけて、耳と目の両方で情報を得るようにしています。
ーー周りの方との関わりはどうですか。
チョウさん)日本に来たばかりの頃は、「片耳が聞こえない」と伝えることにためらいがありました。外国に来て、環境も人との関係も全部新しくなった中で、片耳難聴のことを説明するのはさらに勇気がいったからです。
今は少しずつ慣れてきましたが、友人に伝えると、やはり最初は「本当に?」と驚かれることが多いです。見た目では分かりませんし、片耳難聴の方など、耳が聞こえにくい方に会ったことがない人がほとんどだからだと思います。
ですが、話したあとは特に変わらず接してくれるので、ありがたいです。忘れられてしまうこともありますが。改めて片耳難聴のことを伝えると、申し訳なさそうな反応が返ってきます。
忘れられてしまったとしても、なるべく片耳難聴のことを伝えて、周りの人に知ってもらえている方が安心はできますよね。
ーーチョウさんの学びの原動力はアートとのことですが、なぜアートを専攻され、また「聞こえ」を研究のテーマにされたのですか。
チョウさん)大学までは、自分の聞こえのことを研究のテーマにしたことはありませんでした。「人に話すのが恥ずかしい」「見られ方が変わるのが嫌」という気持ちがあったからです。
でも、日本で大学院を目指す中で、段々と自分の聞こえにテーマとして向き合おうと気持ちが固まっていきました。
私にとってアートは、子どもの頃から身近にあり、自分を一番よく表現できる手段です。たとえば、言葉が完全に分からなくても、アートを通じて気持ちや考えを伝え合える。アートには人と人をつなげる力があると思うんです。
ーー見えにくい障害や片耳難聴を表現する方法もあるのかもしれませんね。
チョウさん)はい。「それぞれの聞こえ方を可視化」することを試みたいと思っています。
アートと障害に関係する概念として、「アール・ブリュット」(Art Brut:生の芸術を意味するフランス語)のように、「誰でも、どんな背景を持っていても、自分の表現をすることができる」という考えもあります。
アートは、医療だけでは届かないところにそっと光を当ててくれるような存在です。そこにアートの可能性があり、人々を癒すことができると思っています。
ーー今後、ご自身が実現したいことはありますか?
将来的には、美術館などとコラボレーションし、片耳難聴の方や、目に見えにくい障害のある方たちのことをもっと知ってもらえるような展示やイベントを企画したいと考えています。
自分自身の経験をもとに、誰かが「そういった障害があるんだ」「自分にも何かできるかも」と思えるような、そんな “理解のきっかけ” になる場づくりを目指しています。
ーーありがとうございます。素敵ですね。実現できるよう応援しています。最後に、読者の皆さんに一言お願いします。
きこいろの交流会に参加して、とても楽しかったです。言葉は不慣れなところもありますが、これからも色んな方々と交流していきたいと思っています。
今日のインタビューでも、自分のこと、片耳難聴のことをお話できて楽しかったです。
今後もし私と接する機会がありましたら、あまり言葉や文化の違いを気にしすぎずに、まずは気軽に話しかけていただけたら嬉しいです。
また、聞こえやすい席に座らせてもらったり、「どっちの耳が聞こえるの?」などと気軽に尋ねていただけるとありがたいです。
- *アールブリュットとは
既存の文化の枠組みに収まらずに生み出された、独創的な表現。医学分野で扱われていた障害のある人の作品などに心惹かれた、フランスの画家が1940年代に提唱。英訳として「アウトサイダー・アート」とも言われる。

なお、この記事は互いに翻訳ツールも使い、言葉を擦り合わせながら作成しました。
皆さんに、チョウさんの言葉がなるべく正確に伝わりますように。
チョウさん、インタビューへのご協力をありがとうございました。
(インタビュアー:事務局 麻野、校正:ボラ 東樹)
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片耳難聴とは
- 片耳は正常聴力。
もう一方の耳に、軽度~重度(聞こえにくい~聞こえない)の難聴がある状態。 - 医学的診断名では「一側性難聴」「一側聾/片側聾」。
- きこいろでは、当事者以外にも馴染みやすい総称として「片耳難聴」を使用。
- 少なくとも全国に36万人以上がいると推定(きこいろ調べ)。
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