補聴器の効果があまり期待できない
高度~重度難聴(70dB以上:ほとんど聞こえない~全く聞こえない)の人の内耳に、
手術によって電極を埋め込み、聞こえを補う医療機器です。

難聴にもさまざまなタイプがありますが、
内耳(ないじ)の機能が不十分なために難聴が生じている感音難聴に効果があります。
人工内耳は「世界で最も普及している人工臓器の1つ」と言われています。
日本では、1994年に両側難聴への健康保険適応となりました。
現在は3社(Cochlear、Med-El、Advanced Bionics)の機器が認可され、2万人近くの両側難聴の人が使用しています。
片耳難聴に対しては
アメリカのFDA(食品医薬品局:Food and Drug Administration)では2019年に承認されました。
日本でも、2012年より臨床研究(医学的効果の実証研究)行われており、2021年1月に先進医療として承認されました。現時点の計画では、2024年頃までの試験期間を経て、医療現場への導入のための検討会に提出される予定です(詳細:厚生労働省「先進医療技術審査会」)。
今後の動向に注目します。
この記事では、もう少し詳しく「人工内耳」について解説します。
(片耳難聴への人工内耳について:「片耳難聴に使える補聴機器」)
(難聴の種類:「耳・きこえの仕組み」)
1. 人工内耳の聞こえ
人工内耳をつけると、個人差がありますが
高度~重度難聴だった聞こえが、
軽度難聴(35㏈~40㏈:小さな会話音や、距離がある場所での聞き取りが難しい)の聞こえになります。

すべての音を拾えるのではなく、小さな音は認識されにくいです。
25〜35dB以上の音がしたときに電極が反応して音として認識され、
内耳の中にある何万本という細胞の代わりに、数十個の電極で刺激を送ります。
人工内耳の効果は一概には言えず、様々な要因が関連します。
人工内耳装用の両耳難聴者の声
- 「最初は、宇宙人やロボットのような音が聞こえた。
音は聞こえても、言葉としての理解はできなかった。
リハビリをするにつれ、少しずつ言葉として理解できるようになった」 - 「機械音で、すべての音が同じ大きさで聞こえるため
音楽を細かく聞き分けたり、
雑音下での聞き取り、大勢での会話は難しいと感じる」 - 「駅でのスピーカー放送や、TVや電話などは聞きにくいと感じる(TVやスマホは、コードやワイヤレス対応で聞く)」
効果には、聞こえなくなった時期、手術した年齢、難聴の原因、聞こえない期間に補聴器を活用していたか、聞こえの環境などが影響すると考えられています。
2. しくみ
音という物理的な刺激を、機械の処理によって電気的な刺激に変換し、
直接、聞こえの神経を刺激して脳に情報に届けます。
- 体外装置のスピーチプロセッサーのマイクで音を拾い、音をデジタル信号に変換します。
- 耳の後ろに貼りつけている送信コイルから、皮膚の下にあるインプラントにデジタル信号を送ります。
(インプラントの中央に強力な磁石がついていて、磁石によって皮膚を挟んで送信コイルが頭に貼り付けられるようになっています) - 頭の中に埋め込んであるインプラントでは、送られてきたデジタル信号を電気インパルスに変換、蝸牛(内耳)に配置された電極へ情報を送ります。
- 約20個の電極が蝸牛(内耳)の神経を刺激して、この刺激が脳へ送られ「音」として認識されます。
人工内耳が使えるケース
効果が見込まれ安全に使用するための「適応基準」が定められています。
手術の対象となるかを耳鼻科医や、言語聴覚士と相談し
手術前に十分にガイダンスを受けた上で、
難聴者本人(子どもであれば親)が、手術を受けるかどうかを決定します。
以下に、両側難聴への人工内耳人適応基準の一部を抜粋します(日本耳鼻咽喉科学会)。
子どもの適応基準
- 手術年齢
原則 1 歳以上(体重 8kg 以上) - 療育の前提条件
手術前から術後の療育に至るまで、
家族と医療施設内外の専門職種との一貫した協力体制がとれていること
- いずれかに該当する場合
(1)聴力検査で平均聴力レベルが 90 dB 以上
(2)上記の条件が確認できない場合、
・6 カ月以上補聴器装用で、装用下の平均聴力が 45dB よりも改善しない
・6 カ月以上補聴器装用で、装用下の最高語音明瞭度(言葉の聞き取り能力)が50%未満
(4)その他、慎重な判断を要するものや禁忌事項に該当しない
成人の適応基準
- いずれかに該当する場合
(1) 裸耳の聴力検査で平均聴力レベルが 90dB 以上
(2) 平均聴力レベルが70dB以上90dB未満で、
補聴器装用の上で、装用下の最高語音明瞭度が50%以下 - 慎重な適応判断が必要なもの
(1)蝸牛に人工内耳を挿入できる部位が確認できない場合
(2)中耳の活動性炎症がある場合
(3)後迷路性病変や中枢性聴覚障害を合併する場合
(4)認知症や精神障害の合併が疑われる場合
(5)言語習得前、言語習得中に失聴した場合
(6)その他、重篤な合併症などがある場合
適応基準は、医学的進歩に応じて3年ごとに見直しがされています。
人工内耳の手術・術前術後
手術は、基準を満たし認められた総合病院や大学病院にて行われます。
手術を決定する前に、下記のような様々な検査を行います。
手術前の検査項目
- 聴力検査
(純音聴力検査、語音聴力検査、ABR検査・ASSR検査:脳の反応の検査) - CT/MRI検査(画像診断)
- 平衡機能(バランス)検査
- 補聴器装用効果の測定
- 全身の健康状態の確認(心電図、呼吸機能、採決、尿検査など)

手術
当日は、全身麻酔で3時間程度の手術を行います。
入院期間は、病院によって異なり1週間~10日間程度です。
手術後
術後には、ほとんど一時的なものですが、痛みや稀にめまいがしたり、顔に麻痺が出たり、手術の傷口が感染して膿んでしまうことがあります。
術後は、傷が癒えた1~3週間後から、音入れを行います。
個人に合わせ、音の刺激の大きさなどを調整し、電極に流す電流値や流し方を制御するプログラムをスピーチプロセッサーに組みこみます(マッピングという)。
すぐに音がわかるようになるのではなく、
聞こえに慣れていくための時間とリハビリが重要です。
病院・施設や、個々によっても異なりますが、
最初の一か月位までは毎週、三ヶ月位までは隔週、6か月~1年は毎月と
徐々に間隔を延ばしながらリハビリテーションに通います。
その後も、半年~毎年の定期チェックに通います。
埋め込んだ機器は、故障等がない限り定期的に交換する必要はありません。子どもの場合も、電極を埋め込んだ蝸牛の大きさは変わらないため成長に合わせて交換する必要ありません。
- ・機器と手術にかかる主な費用
片耳で合計約400万円。両側難聴で健康保険制度が適応される場合には「高額療養費制度」や「自立支援医療」という制度で自己負担が軽減される(所得や年齢などにより異なる)。
人工内耳を両側に装用する場合の助成については、市町村によって異なる。
・維持費用
機器の電池や修理代(一部を除く)は、健康保険診療の対象ではない。自治体によって独自で助成を行っているエリアもある。
人工内耳を装用した日常生活

人工内耳は、精密な医療機器のため生活でいくつか気を付けることがあります。
主な注意点
- 汗や水、湿気を避ける
- 機器への強い衝撃を避ける
- 強い電磁波を避ける
補聴器も同様ですが、日々の手入れが必要です。
生活防水のものもありますが、汗や水、湿気は故障の原因です。
頭に強い衝撃が加わるなどして、埋め込んだ機械が故障すると音が入らなくなります。
コイル・電極が故障した場合には、再手術が必要です。
頭部に直接打撃を受けるスポーツ(格闘技やラグビー)など、避ける必要があります。
例えば、学校生活では、運動会での騎馬戦など配慮を必要とする活動があり、
人工内耳を使う両耳難聴のお子さんでは、保全のためにも周知をしているケースが多いようです。
身体接触が伴うスポーツをする際には、ヘルメットで保護します。
水泳などは、体外装置を外せば大丈夫です(つまり、人工内耳を使わない)。
機種によっては、防水や防水アクセサリもあります。
その他、インプラントには強力な磁石が組み込まれているため、
飛行機乗るのときには、手荷物検査場の金属探知機を通る前に「人工内耳装用者カード」を呈示し、体内に医療機器埋め込んでいること説明すれば問題ありません。
医療検査のMRI スキャンも、強い磁気が生じるため、制限がかかる機種もあります。その他、手術や電気メス、電気刺激治療など制限がかかるものがあるため、受診治療の際には医療機関に伝える必要があります。
普段の生活で使うような家電製品、(電磁調理器や電子レンジなど)の影響は問題ありません。
また、体外装置を紛失した場合、自費で再購入となるため注意が必要です。
これらの機器取り扱いの注意点や、
人工内耳が、完全に正常聴力に戻すものではないことを踏まえたコミュニケーションへの配慮など、
有効に使用するためには本人と家族や周りの人の理解が大切です。
参考文献・関連情報
- FDA認証:SUMMARY OF SAFETY AND EFFECTIVENESS DATA (SSED)
- 日本耳鼻咽喉科学会 人工内耳について
- 一般社団法人人工内耳友の会
- 一般財団法人全日本ろうあ連盟「人工内耳に対する見解」