「″生きるちから″を物語にしたい」片耳難聴の主人公を描いた「蝶の羽ばたき、その先へ」作者森埜こみちさんスペシャルインタビュー

2020年7月17日 − Written by きこいろ編集部

なぜ書くかというと
喋るより、書く方が楽だからかもしれません

ご自身のこと、作家としてのこと

高井:ここまでは、作品についてお伺いしました。続いて、森埜さんご自身のことを聞かせてください。作家として活動を始められたきっかけなどはありますか。

2012年に仕事を辞め、それを機に今までしたかったけれどできなかったことをしようと思いました。それが物語を書くことと手話です。実際には2013年から、創作の勉強を始めました。

なぜ書くかというと、喋るより、書く方が楽だからかもしれません。

お喋りはもちろん好きなんですけれど。得意じゃないんです。友だちも多くはないんですよ。

高井:手話については、学ばれたきっかけや、どのように勉強されてきたのですか。

手話は、地域の社会福祉協議会が開催していた手話教室に通って学びました。

じつは、大学で聾(ろう)教育を専攻しました。
秋田で育ったのですが、地方では公務員が一番確実な自立への道だったんですよね。
1980年代当時、聾教育を大学で教えているところは少なくて、聾学校教諭の免許を取っておけば自立できるだろうと踏んだのです。

高井:その後、先生として働かれたのですか?

大学に入ると、まわりは教育熱心なひとばかりで、わたしは違いましたから(笑)、これはやめたほうがいい、やめるべきだと早々に判断しました。

当時の教育現場で、手話は認められていませんでしたね。
子どもたちが社会にでれば、まわりは健聴ばかり。手話は必要ない、というのがその理由で、残念ながら、そんな理由がまかり通っていた時代です。

ですから、手話にはほんのすこし触れた程度。家庭教師のアルバイト先の子どもと、教育実習でいった聾学校の生徒たちに教えてもらったのがすべてでした。

でも、学生時代のその経験は、わたしのなかのどこかに残り、聞こえる人と、聞こえない人をつなぐ物語を書きたいという思いを抱くようになったのだと思います。

麻野:その根っこにある思いや体験について、もう少しお聞きしてもいいですか。

家庭教師をした難聴の子、教育実習でいった聾学校の子どもたちがかわいかったのです。

聾学校の教員免許を取るには、普通小学校と幼稚園教諭の免許が必須で、大学3年のときから教育実習が始まりました。

実習先の子どもたちの反応がまったく違ったのです。小学校も幼稚園も大学附属でしたから、実習生慣れしているというか、はっきりいえば生意気(笑)。

でも、聾学校の子どもたちはすれていなくて、慕ってくれたのです。

目で見てわかるようにと教材は工夫したのですが、音声言語での指導では限界もあり、もちろんわたしの経験のなさもあり、子どもたちにはわかりにくい、つまらない授業でした。それがわかりました。
それでも休み時間になると、遊ぼう、遊ぼうと誘ってくれて、かわいかった。

麻野:森埜さんご自身も、子どもたちや人と関わる楽しさや喜びを感じられる時間だったんですね。

ええ、そのとおりです。

手話サークルでは、こんなことがありました。

近くの大学の手話部の方たちが遊びにきたのですが、学生さんの手話が、サークルのろう者に通じません。たまたま、わたしが隣にいたので、通訳めいたことをしました。

話した内容はくだらないこと、というか冗談です。

「そんなに遠くから通っているんじゃ大変だろう。うちに下宿すればいい。部屋が余っているから」「いくらですか?」「月2万」「高いですよ」「じゃあ、食事もつけよう」「2万よりもっと安く」「1万でどうだ」、「いいっすね」とこんな感じ。

ふたりともよく笑いました。わたしも笑いました。

帰るときに、ろう者から「ありがとう、また頼む」といわれたのです。もう、うれしくて、うれしくて。
夜道を、自転車を漕いで家まで帰るとき、E.T.のラストシーンのように、自転車ごと月まで飛んでいきそうでした。

単純ですが、そんなことがいちばんの動機になっているように思います。

麻野:通じ合えるって嬉しい、といった感覚でしょうか。

そのとおりです。通じたときの喜びは大きい。

麻野:様々な出会いと思いが創作の糧になられているんですね。
いま実際に、作家として活動される中でのやりがい、あるいは大変さはどんなところにありますか。

創作はしんどいことのほうが多いです。

書けないときは書けなくて、布団のなかにもぐりこんでまるまりたくなります。
でも書きあげたときの解放感は、なにものにも代えがたい。

書けないときはですね、布団のなかにもぐりこみたいと言いましたが、そうもいかないので、本を読みます。書けなくても、読むことはできますから。そして書くために読むことは必須で、面白い作品はどっさりあります。

高井:なるほど。それでは、せっかくなので最後にお好きな本があれば教えてください。森埜さんの作品の読者に多い、中高生におすすめの本はありますか。

ル=グウィンの「ケド戦記」、トールキンの「指輪物語」、C.S.ルイスの「ナルニア国物語」には、ずっぽりはまりましたよ。

エンデの「モモ」、ソーニャ・ハートネットの「銀のロバ」は好きな作品です。子どもからおとなまで楽しめるレオ・レオニの絵本「フレデリック」も大好きです。

高井:私も、学生の頃に夢中になって読みました。面白いですよね。

麻野:私はこの「蝶の羽ばたき、この先へも」ぜひそこに付け加えたいと思います。

高井:今日は、作品への思いからご自身のことまで、貴重なお話を本当にありがとうございました。

森埜さん宅の猫

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著者・書籍情報

  • 森埜こみちさん
    東京学芸大学教育学部特殊教育学科卒。第19回ちゅうでん児童文学賞を受賞し、『わたしの空と五・七・五』(講談社)でデビュー。第48回児童文芸新人賞を受賞。第17回日本児童文学者協会・長編児童文学新人賞受賞作『蝶の羽ばたき、その先へ』(小峰書店)で、第44回日本児童文芸家協会協会賞受賞。
  • 「蝶の羽ばたき、その先へ」2019.10 小峰書店  
    (装画 坂内拓.装丁 JUN KIDOKORO DESIGN 城所潤、大谷浩介

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