片耳難聴では、①聞こえにくい方から話しかけられると分からない、②騒がしい場面では聞こえにくい、③ どこから音がするのか分からない、と主に3つの場面で困難が生じることが報告されてきました1)(詳細:「片耳難聴だと困る場面」)
さらに、「音が響く」場所でも聞こえに影響があることをご存知でしょうか?
高齢の方や聴覚障害のある方では、音が響く場所で聞き取りが大きく低下することが指摘されています2-4)。
一方で、片耳難聴の響く場所での聞こえについては、今まであまり詳しく検討されてきませんでした。
そこで、きこいろの会員の皆さんにも協力いただき、2022年〜2023年にかけて、音が響くことによる片耳難聴者の聞こえへの影響を明らかにするための調査を行いました*。
この記事では、「音が響くということ」の解説と「片耳難聴者の響く場所での聞こえ」の調査結果5) の概要を紹介します。
- * 調査に協力していただいた皆さま、誠にありがとうございました!
1. 音が響くということ
「音が響く」とはどういうことでしょうか?
その要因は「音の反射」です。
部屋の中で音が生じたとき、その一部は直接耳に届きますが、音源からの音の大部分は、部屋の壁や天井といった様々なものに反射して耳に届きます (図1)。

音が反射した成分である「残響」によって、音声や音楽の聞こえが影響を受けます3, 6)。
コンサートホールといった、よく音が響く (残響時間の長い) 場所ではその影響が大きくなります。
残響によって聞こえが変化するメカニズムについて、主に2つが指摘されています7)
- 残響により音の特徴が変化する
- 先行する音の残響の “尾ひれ” により、後続の音がマスキングされる
例えば、図2の元の音声と残響が付与された音声を比べると、残響によって音の特徴が変化していることが分かります。

●元の音声 (図2 左)
●残響を付与した音声 (図2 右)
特に高齢の方や聴覚障害のある方では、残響によって言葉が聞き取りにくくなることが知られています2-4)。
一方、音楽では残響によって全体的な印象などが良くなることが知られており、音楽にとって最適なコンサートホールの音響などが検討されています8)。
しかし、健聴者と比べて、高齢の方や聴覚障害のある方では残響が音楽にもたらす効果が違っているということが近年分かってきています6, 9-10)。
健聴者が残響をさほど気にせずに音を聞き取ることができるのは、両耳が聞こえているからなのです11-12)。(参考:「片耳難聴が聞こえにくい理由(両耳聴効果について)」)
2. 片耳難聴者の響く場所での聞こえ
片耳難聴者の響く場所での聞こえについて、詳細は明らかになっていませんでした。
そこで、「片耳難聴者の聞こえに残響がどのように影響するか」を明らかにするための調査を行いました5)。
結果のまとめ
- 残響下において、片耳難聴者の聴取が影響されることが新たに明らかに。
- 残響の影響は、特に “片耳難聴の発症直後で大きい” が、
次第に適応していくことが示唆された。 - 今後、片耳難聴者のQOL向上のために、
残響に関わるリハビリテーションを検討していく必要がある。
2.1. 方法
調査では、次の3つのグループを対象にしました:
- BNH (Binaural Normal Hearing; n = 10)
両側健聴者に対し両耳に音を呈示 - MNH (Monaural Normal Hearing; n = 10)
両側健聴者に対し片耳にのみ音を呈示 (片耳難聴になった直後に近い状態) - UHL (Unilateral Hearing Loss; n = 10)
片耳難聴になって15年以上経った方のデータをピックアップし比較対象
調査の参加者に対して、「雑音下での言葉の聞き取りテスト」を行い、以下を測定しました:
- 音声了解度
言葉がどれくらいの雑音下で聞き取れるかを表す指標 - 方向性マスキング解除
言葉と雑音の到来方向が違うとき、同じ方向の時と比べて聞き取りがどう違うか
方向性マスキング解除を測定するため、参加者から見て正面に置いた雑音に対して、ターゲット音声の場所を次のように設定しました (図3):
- 正面) ターゲットを雑音と同じ場所に位置させた
- 同側) ターゲットを聞こえる側35˚に位置させた (両耳聴では左側)
- 対側) ターゲットを聞こえない側35˚に位置させた (両耳聴では右側)
音の響きの影響を比較するため、テストは次の2つの環境下で行いました
- 無響下 (残響時間: 0秒)
- 残響下 (残響時間: 約1.6秒)

2.2. 結果
結果は図4のようになりました。

– 上段
・縦軸: 音声了解度 (数値が低いほど雑音が大きいときに聞き取れた)
・横軸: ターゲット音声と雑音の配置 (同側/正面/対側)
– 下段
・縦軸: 方向性マスキング解除の程度 (数値が高いほど配置の違いにより聞こえが改善した)
・横軸: ターゲット音声と雑音の配置 (同側/対側)
A 残響の影響 —無響 vs. 残響下の比較—
① 図4上段の左右のパネルを比べると、
特にターゲット音声が聞こえない側に位置したとき (対側)、残響下では一側性難聴者 (UHL) の音声了解度が有意に高いことが分かりました。
② 図4下段の左右のパネルを比べると、
対側では方向性マスキング解除の取るマイナス値が残響により大きくなっていることが分かります。
つまり、残響によって、難聴側に位置する音声の聴取が特に影響されたということです。
一方で、両耳聴 (BNH) では聞き取りの成績が比較的影響されませんでした。
メカニズムとして、両耳で音を聞くことによって、残響の “もやもや感” が抑えられ (両耳スケルチ効果11))、音声の聞き取りにも改善がみられる12)ということが明らかになっています。
これらの結果は、片耳難聴のある方が日常生活で感じる困難13)に対する一つのエビデンスとなるでしょう。
B 片耳難聴者にみられた残響への適応 —片耳難聴群 vs. 片耳難聴の模擬群の比較—
③ 片耳難聴になった直後に近い状態だったグループ (MNH) と比べ、
少なくとも15年以上片耳難聴だったグループ (UHL) では、特に対側で音声明瞭度・方向性マスキング解除に改善がみられました。
つまり、特に片耳難聴になった直後は響く場所で聞こえに問題が生じる一方で、残響下での聞き取りには次第に適応していくことが示唆されました。
これまでの研究によって、例えば、片耳難聴になった直後、音楽の聞こえが非常に「不自然」「不快」「不明瞭」になる一方で、それはある程度改善する14)ということが明らかになっています。
(参考:「後天的な片耳難聴に伴う音楽との関わり、聴こえの変化・順応」)
音楽には響きがつきものであり6, 8)、「残響への適応」が音楽の聞こえの改善に関わっていると考えられます。これらの結果から、片耳難聴になった直後の方を対象とした、響く場所での聞こえに関するリハビリテーションの方法を今後検討していく必要があると言えるでしょう5)。
3. おわりに
片耳難聴に対する補聴機器として、CROS補聴器・BAHA・人工内耳といったものが提案されています。
(参考:「片耳難聴に使える補聴機器」)
それらにより、難聴側からの音の聞き取りが改善するといった一定の効果が得られる一方で、効果には限界があったり15)、費用が高い・手術が必要…といったハードルがあると指摘されています16)。
補聴機器を用いない研究では、例えば、片耳難聴者に対して音のする方向に応じたスペクトラルキューの変化を聞き分ける訓練により、音方向の判断が改善することが明らかになっています17)。
(参考:「片耳難聴と “音の方向知覚”」)
したがって、響く場所での聞こえを改善していくため、補聴機器を使うことを考えると同時に、補聴機器を使わないリハビリテーションの方法についても検討を進める必要があるでしょう5)。
この記事では主要な結果の概要を紹介しました。
紹介できていない部分など、詳しくはこちらからご覧ください。
参考文献
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