IT系営業、職場上司へのインタビュー「片耳難聴と話してくれて、信頼されたような嬉しさ」

2022年7月17日 − Written by きこいろ編集部

大手IT系企業の営業部で働く桜井さんと、その上司である田中さんにお話を伺いました。

桜井さんは、先天性の右耳難聴で、これまであまり周りの人に開示することなく過ごしてきたそうです。現在、どのように働かれているのでしょうか。また、上司の田中さんは桜井さんの片耳難聴について、どのように感じているのでしょうか。

こんな方にオススメ◎

  • 進路を考えている片耳難聴のある学生
  • 職場でカミングアウトするか悩んでいる方
  • 友人知人/同僚に片耳難聴の人がいる方

目次

  1. 上司へのカミングアウト
    「彼がオープンに話してくれたことで、信頼してもらえたような嬉しさがあった」
  2. 就活~仕事をするにあたって
    「障害がある、そのうえで何ができるのか」
  3. お二人にとって片耳難聴とは
    「自分も左利きで、彼の場合もそれが耳」

お話を伺った方のプロフィール

  • 仮名:桜井さん
  • 年代/性別:30代/男
  • お仕事/所属など:IT系企業の営業
  • 聴力の程度:右耳の聴力がない
  • 原因/時期:先天性.正確な原因は不明。
  • 不随する症状:なし
  • 治療経験:なし
  • 補聴器機の使用:なし
  • 自己開示の有無:自分が必要かなと感じた人に対しては伝える

    <職場の上司>
  • 仮名:田中さん
  • 年代/性別:40代/男性
  • 相手の片耳難聴の受けとめ:人それぞれの個性であり、正直あまり意識したことがない

1.「彼がオープンに話してくれたことで、信頼してもらえたような嬉しさがあった」

上司へのカミングアウト

(聞き手:麻野)桜井さんは営業として働かれていて、人とのコミュニケーションが多いお仕事ですよね。片耳難聴により聞こえにくいと困る場面もありそうですが、周りの方には伝えていらっしゃいますか?

桜井さん:必要かなと感じたときには、伝えています。業務上の影響がどれくらい大きいかとか、伝えることで逆に相手が気にしすぎてしまわないかとか、バランスを考えてますね。

勢いでぽろっと言っちゃうことはあったりするので、明確な線引きをしてるわけではないんですが。伝えたほうが自分にとってもメリットになる、仕事がしやすいと感じたときに言うようにするんだろうなとは思っています。

上司である田中さんには、お伝えしていたんですよね。そのときは、どのようにお伝えしたんですか?

桜井さん:詳しくは、覚えてないですね…笑

田中さん:出張の帰りでしたね。新幹線に乗る前に時間があって、そこで飲みに行ったときに「実は…」みたいな感じで聞いたと記憶しています。

桜井さん:お酒が入ったときのほうが、言いやすさがあったんでしょうね。シラフで改まった状態で伝えると、相手に重く捉えられたりするのかなって感じてる部分があって…。フランクに言えるタイミングを探してたのかもしれません。一緒に働くうえでは、伝えたほうがいいなとは思っていたので。

お二人は上司・部下という中でも、雰囲気からフラットな感じがあって、そんな田中さんだからこそ、伝えやすかったというのもあったのかなという印象も受けました。

田中さん:私だからこそかは分かりませんが、上司・部下っていうか、1つのチームで、仲間的な感じだなぁとは思っています。

桜井さんから片耳難聴のことを言われたときは、必要に応じて伝えてくれたっていうのは嬉しかったです。
言うことって、勇気がいると思うんですよね。今後なにかに影響しちゃうんじゃないかとか、心配事もあったかもしれない中で、彼は自分の仕事上の影響がどの程度あるのかをちゃんと理解して、伝えてと、立派だなと思いましたね。

返答は、なんとされたんですか?

田中さん:「あ、そうなんだ…」って感じですかねぇ。実は、なんとなく「聞こえづらいのかな」と思っていたことはあったんですよね。

というのも、彼は左利きなんですけど、4人で食事をしようとすると、左利きの人って左側に座りたがる傾向にあるのに、彼は右側に座っていて。そっちだと肘が当たって食べづらくないのかな、と不思議に思っていました。

僕も左利きなので、自分も左手を使うシーンがあったから気を使ってくれたのかな?と思いつつ、何となく違う気もしてました。
なので、話を聞いたときに「そういうことか」って、僕の中で腑に落ちた感じがあったような気はします。

彼がオープンに話してくれたことで、信頼してもらえたような、距離が縮まった感じもありましたね。

2.「障害がある、そのうえで何ができるのか」

就活~仕事をするにあたって

ここからは具体的に、お仕事の中で困ることや工夫していることを聞かせてください。まず、仕事はどのような業務をされていますか?

桜井さん:テレビ局・新聞社などのメディアをお客様としている事業部で、自分はチーム数名で自社のサービスの営業をしています。お客さんに提案したり、トラブルやシステム障害があったときに対応するので人とのやり取りが多い仕事です。ただ、いつも一緒に動くチームは今は3名と少ないです。

社外のお客様とのコミュニケーションが多く、一方で社内は少人数のチームということですね。

桜井さん:そうですね。初めから営業だったのではなく、新卒後すぐはシステムエンジニアとして入社して、その後、営業に異動しています。

営業では部全体で30名ほどですが、密に関わるのは数名単位と少人数規模がほとんどです。

多くの人がいると集中して聞いて、神経すり減らすところはあるので…少ないほうが、気疲れみたいなのは少なくなるのかなとは思います。

就活中はちょっとだけ悩まれたと事前に伺っていましたが、どのような点で悩まれましたか?

桜井さん:開示をどうしようかなって思っていたことはありました。

それで、今の職場では確か事前に開示をせずに入社しています。エントリーの際、ほとんどのところは言いませんでした。

全く同じ評価の人がいる場合だったら、より何も問題ない人のほうを取るだろうなと、事業上は妥当な判断だなと思っていて。正直に開示して後々揉めないようにするべきなのか、開示しないことで採用確率を下げないようにすべきなのか、どっちが正しいのか悩ましいところですよね…。

会社としての判断は置いておくとして、田中さんご自身が難聴や他の障害などを持つ方がエントリーされて来たらどう思われますか?開示してほしいとか、一緒に働くにあたって。

田中さん:開示してもらったほうが、こちらも話しやすいかなと私は思います。でも、障害だからどうこうというよりも、「なぜ志望してくれたのか」「何がやりたいのか」そっちのほうが気になりますね。

障害がどこまで仕事に影響があるのかは、質問すると思うんですけど。「そのうえで何ができるのか」ってことのほうが聞くと思いますね。

そうですよね。桜井さんは、実際に働かれてみてどうですか?

桜井さん:大きく困ったりトラブルになったりしたことはなく、働けていると思います。

オフィスで聞こえない側から話しかけられたりすると気付かなくって、隣の人に「呼ばれてるよ」と声をかけてもらったりすることがあって。そういうのは、小さい事かもしれないですけど、細かいところの積み重ねで申し訳ないなという思いはあります。

僕の場合、特に席次を聞こえる側に変えてもらっていなくて。打ち合わせであれば、会議室に早めに入って自分で聞きやすい席を取ったり、もし聞こえる側が取れなくても、まぁいいかと。

それで10人くらいで打ち合わせをすると、聞こえない側から喋られたり、同時に話しかけられるので、いくつか聞き逃したりっていうことは出てくるんですが…。どうしても必要そうな事柄は聞き返してます。状況を見つつ、塩梅をみながらやってますね。

田中さん:彼は自然に聞こえる位置に座ったり、体の向きを変えたりしているようで、特にこちらから彼に対して手助けしてるっていうのは、正直あんまりなくて…。

僕との間では阿吽の呼吸というか、会議の席順や一緒に歩いてるときに「ああ、桜井さんはそこに座るな」「こっち側だな」っていうのがあったら、自分はそうじゃない席や位置にいる、っていうのはあります。

でも、特別に意識しているという感じではないですね。彼は自然に働いているし、片耳難聴だっていう意識が、忘れることはないですが薄れることもあります。

そうなんですね。では、社外の人とのコミュニケーションも多いということでしたが、耳のことは、伝えないことが多いんでしょうか。

桜井さん:営業のお客さんで言ったことがある人は、いないですね。知ってもらっているとやりやすいとは思うんですけど。言うタイミングをどうしようと迷って、結局伝えてないっていうのが現状ですね。

コロナになる前ですが、以前、お客さんと接待で飲んだときに聞こえなくて「やばい」って思うことはありました。自己開示してたら、もうちょっとはお客さんと会話できてたかなとか思ったことはあります。

営業の片耳難聴のあるあるかもしれませんね。

桜井さん:社外のクライアントは、延べ100人以上いると思うんですけど、その人たち全員には言うかというと…。1人に言うと「俺には、言ってくれなかったの?」とかって面倒なことにならないかななどと考えちゃって、伝える範囲や正解は未だに分からないですね。

3.「自分も左利きで、それを気にしながら生活してきた」

お二人にとって片耳難聴とは

田中さんが桜井さんと関わるうえで、片耳難聴ゆえに接し方に迷われることってありますか?

田中さん:自分たちの周りで、桜井の耳のことをどこまで知ってる人がいるんだろうか、っていうのは、ちょっと気になりますね。知らないのに、色々話してるとうっかり僕が言っちゃったら良くないかなとか。実際、この人には言っといたほうがいいなって思う人は僕から言ってるケースもあって…。っていうのも、いま初めて桜井さんに言うんだけど。ごめんなさい、1人2人は言っちゃったことがあって…。

桜井さん:ああ、全然!

麻野さん:確かに、本人がどこまで伝えてるのか分からないですもんね。

桜井さん:自分は、そうして伝えてもらうのはすごく嬉しいです。

秘密にしてることを断りなく開示されたら困る人もいるので、当事者でもそれぞれだと思うんですけど。

僕自身は先天性の片耳難聴なので、それほど重く受けとめてはいないというのが率直な感覚ですが、自分から伝えるのは、相手に重く感じられちゃったり、相手のリアクションに困っちゃったりするんですよね。第三者から言っていただけると、そういった部分がなくなるので僕は助かります。

田中さん:それを鵜呑みにして、じゃあ明日から「桜井は耳が…」ってみんなに言おうっていう話ではなくて、やっぱり当事者に配慮しながら。

本人は「そんなに気にしてないよ」って言ってくれてるんですけど、実は気にしてるんじゃないかなとも思っていて。気軽に話せる関係が一番だとは思うんですけど、職場の人たちの受けとめ方も千差万別なので…。
扱い方を間違えちゃうと、変な捉え方をしちゃう人もいるから、難しいなって思います。

人によってどう伝わるか、差別的・偏見的に接してくる人もいないとは限らないといった感じでしょうか。第三者に伝えても良いか事前に決められるとベストですよね。

それから、田中さんにお聞きしてみたいのが、何回までだったら聞き返しても大丈夫ですか?という質問です。当事者としては、何度も聞き返して申し訳ないなと思う気持ちもあって。

田中さん:今は彼が片耳難聴と知ってるから、何回聞かれても答えるんですけど…。

知らなかったら3回目くらいで「あれ?」って思うか「何かがあるのかな?」って思うかもしれないですね。聞き取りづらい人なのかなって。

こちらがイライラしてるときに聞かれたら余裕なくて辛いかもしれないですけど、理由があるのかなって。

中には、個人の性格として例えば「こいつ集中力ないな」と誤解されるケースもあるようで。田中さんは、なぜその考えに至れるのでしょう?

田中さん:僕は彼と日々接していて仕事への彼の臨み方、真摯さが分かっているからそうはならないんだと思います。ほかの原因があるのかなって、思いますよね。

難聴と関係するかは分からないですけど、彼は打ち合わせの姿勢とか、集中力を持って取り組むのに長けていると思うんですよね。気遣いも人一倍しているし。

桜井さん:そう言われると恥ずかしい感じがしますが(笑)

でも片耳難聴という点でいうと、片耳難聴だから得られたものとして、「完璧を求めすぎない」があるかなと思いました。

昔はどうにか他の人と変わらないようになどと思っている節がありましたが、今は、ある意味では割り切りが大事かなと、半分達観、半分諦めのような、折り合いをつけるようになりました。

片耳難聴だから、完璧にできることなんてないと思ってるし、その中でも、「自分なりにベストをつくせばいいや」って思う性格になれたのかなと。

得たものかは分かんないですけど、多少なりとも片耳難聴が自分の人格形成に影響したんじゃないかなとは思っています。

お二人とも素敵な考え方ですね。

田中さん:自分の経験としては、左利きを気にして生活することがあるっていうのが影響しているかもしれません。

僕はサッカーをしてたんですけど、「こういうパスを出したら扱いやすい」とか、パスも「利き足」があったり、身長差のある人によって出し方を変えたほうがチームとして上手くいくんです。


彼の場合はそれが耳ですが、そういう配慮をやっているところがあるのかもしれないです。

個別にアジャストができるっていうのは、他の業務にあたっても、きっと気配りが上手な方なんだろうなという気がします。

田中さん:よく「細かいな」とも言われます。笑

桜井さん:いろんな人の細部まで見たりとか、仕草や反応を見て、コミュニケーション取ったり今後の進め方の判断をしたりされてますよね。よくそこまで見てるな、よく気付くなって。仕事するうえで、自分も学ばないといけないなって思っています。

最後に、田中さんからも一言あればお願いします。

田中さん:桜井には、今後も今まで通りで頑張ってほしいし、その姿勢を後輩にもどんどん見せて手本にしてほしいなと思っています。

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