仕事における聴覚の条件

Written by 麻野 美和

片耳難聴を理由に就労制限がかかるものは、多くありません。

片耳の聞こえに個々・周りと調整をしながらチャレンジしている人が沢山います。

しかし、仕事というシビアさもある場面では心配もあるかもしれません。

この記事では、
「病気を理由とした不採用・解雇などの禁止」と
「片耳難聴にかかわる聴覚の条件がある仕事」についてまとめました。

何万とある仕事の中で、一人一人が希望するキャリアや人生を歩むために、どうしたら良いのかを考えるヒントになれば幸いです。


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スーツを着た人が握手をしている

1. 病気だけを理由に不採用・解雇はできない

資格取得・採用

「片耳難聴のことを伝えたら、採用されないのでは?」
「片耳難聴になったら、仕事を首になるのでは?」と不安の声を聞くこともあります。

前提として、病気などの開示は義務ではありません。
(聴覚の条件のある仕事や就業規則の定めがあるものを除く)

開示した場合にも、病気・障害を理由に一律に資格取得・雇用制限を禁止するよう近年の法制度は整備されてきました。

気になるのは「片耳難聴は、障害者手帳の基準に満たないから法律上の規制も意味がないのでは」ということでしょう。
(障害者手帳とは「片耳難聴者が利用できない制度」

法律には、いくつか種類があります。

「障害者雇用」という、これまで就労の機会を得られにくく経済的自立が難しかった障害を持つ方を雇用する義務を企業に課した制度は、手帳所持者を対象としています。

しかし、いずれの採用においても手帳の有無に関わらず、誰もに公平な採用をするよう国は企業に求めています。

解雇についても、単に病気や障害があるという理由だけで、解雇・不当な職位の変更等をするのは不当と定められています。

合理的配慮

片耳難聴だけでなく、手帳の認定基準に該当しない病気・障害を持つ人は沢山います。

症状・困り感は、その時の本人のコンディション・周りのシチュエーションによっても変わります。

そいういった手帳を持たない人も、必要とする「合理的配慮」を申し出ることができます。

資格試験・就職試験の時も、同様です。
必要な場合には、事前に申請するなど各機関・団体に問い合わせください。
(合理的配慮とは「片耳難聴者が利用できる制度」


ひとりひとりがパフォーマンスを発揮し、ビジネスの成果をあげるためにも、
片耳難聴やさまざまな病気や障害に留まらず、
皆が異なること(多様性:ダイバーシティ)を前提にしたコミュニケーション、誰にとっても(普遍的な:ユニバーサル)働きやすい職場環境の整備といったマネジメントが近年注目されています。
対応例「職場で周りの人ができること」

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一方で、安全確保等の観点から身体上の制限がある仕事もあります。

医者が患者にレントゲンを説明

2. 片耳難聴が要件に関係のない資格・仕事

関係がありそうに思われるけれど、
要件をクリアするものを紹介します。

  • 医師、看護師等の医療職種
  • 教師、保育士など教育関係職
  • 自動車・バイク・クレーンなどの免許取得、運転手
  • 多くの国家・地方公務員職種

これらの仕事は、よく「片耳難聴でもなれるの?」と質問がありますが、
片耳難聴を理由とした就業上の制限は設けられていません。

実際に、働いている方も大勢います。

国家・地方公務員も、多くの職種で身体条件や検査はありません。
(一部、航空官・自衛官・警察官のように身体上の条件があるものもあります)


  • ・自動車・バイクの運転
  • 運転免許には心身についての「適正試験」がある。
    片耳難聴は、条件に該当しないため検査・申請は不要。
  • (教習で、難聴側からの教官の指示が聞き取りにくい等があるときは、大きな声で話して貰うよう伝えるなどする人もいる)
    心配がある場合には、各自治体の運転免許センターの「適正相談」まで。
  • 出典:警視庁 適性試験の合格基準
車

3. 聴覚の条件がある資格・仕事

安全な業務遂行に必要な要件として、
身長はじめ身体的要件を設けている仕事があります。

下記に、片耳難聴にもかかわる聴覚の条件がある主な仕事をまとめました。

  • 鉄道の運転士
  • 小型船舶操縦者、海技士
  • パイロットや客室乗務員など航空機操縦・業務
  • 地方公務員・国家公務員の一部(自衛官、警察官、消防士など)

しかし、根拠法や共通ガイドラインがないものも多く、
自治体や各企業の就業規則などによっては、聴力の程度でパスする可能性や、
聴覚だけでなく「総合的な判断」で検討するとしているものもあります。

同類の資格・業界の中でも、職種によっては問題がないものがあります。
実際に、働いている人がいるものもあります。

基準はあっても、エントリー自体は受け付けており、トライできるケースもあります。

また、これまでもそうであったように、今後も技術や制度の進歩により、就労要件の範囲が拡大変更されるなどの可能性は十分に考えられます。

就労を検討する際には、必ず各自で最新情報を調べ、関係機関にお尋ねください。

条件の概要を、下記に示しました(現時点での問い合わせ・確認した情報)

新幹線

鉄道の運転士

  • 聴覚等の条件:各耳で、5m以上の距離でささやく言葉を明らかに聴取できる。
    操縦に支障を及ぼす疾病・身体機能の障害がない。
  • 判定方法:資格取得時に、医師の診断書を提出する。
    採用後も、定期的な健康診断があり、基準に適合しない場合は免許停止となる場合がある。
  • 留意点:鉄道会社の他職種では採用要件にないことが多い。
  • 参照:「動力車操縦者運転免許に関する省令」

海技試験・小型船舶操縦者

  • 聴覚等の条件:両耳で、5mの距離で単語の聴取・復唱ができる。
  • 判定方法:身体検査証明書の提出後、必要に応じて試験官による検査を行う。
    両目を閉じる等した上で、地名・物名など単語を聴取し、復唱する。
  • 留意点:基準に満たない場合でも、船長・甲板部の職員・部員・救命艇手以外では、1年以上の海上経歴があり支障がないときに合格とできる。
    免許を所持していても、海上保安官は片耳ずつ40dB未満の要件がある。
  • 参照:国土交通省「海技資格船舶職員及び小型船舶操縦者法施行規則」
    国土交通省「船員法」、海上保安庁 「船艇職員」

パイロットなど航空機操縦

  • 聴覚などの条件:聴覚・平衡機能・不適合となる病気の基準が定められている。
  • 判定方法:資格取得時・採用時・採用後の定期的な身体検査証明書の提出。
    主な聴力基準
    一種(プロライセンス)各耳の各周波数で35dBを超える聴力低下がない。
    二種(自家用や訓練生)騒音50dB未満の部屋で、後方2mの通常の強さの会話を両耳で正しく聴取できる。
  • 留意点:適用航空機の範囲があり、ハンググライダー・パラグライダーの免許は取得可能。
  • 参照:国土交通省「航空法」「航空身体検査ガイドライン」

客室乗務員

  • 聴覚などの条件:「心身健康で航空業務に支障がない」「聴力・平衡機能などが航空機乗務に支障ない」とされているが、具体的な聴力基準は示されていない。
  • 判定方法:二次試験にて耳管機能検査(鼓膜への圧力をかける)・聴力検査・平衡機能(目をつぶり足踏み)等の検査を行い、専門医により判断されるのが一般的。
  • 留意点:グランドスタッフ(地上職)や事務職などは応募資格・採用要件にないことが多い。
  • 参照:日本航空「採用案内」、全日本空輸「採用案内」、Peach Aviation「採用案内」

地方公務員・国家公務員の一部

航空管制官

  • 聴力などの条件:片耳ずつ3000Hzで50㏈以上、2000・1000・500Hzで35㏈未満。
  • 判定方法:3次試験で聴力検査を行う。
  • 留意点:航空保安大学校 航空情報科も同様に合格基準が定められているが、航空電子科は要件にない。
  • 参照:人事院「採用案内」 航空保安大学「採用試験」

自衛官

  • 聴覚などの条件:聴力が正常なもの。業務に支障がある疾患がない。
  • 判定方法:採用試験時に身体検査を行う。
    離れた位置からストップウォッチを近づける方法・オージオメーターでの測定。
    聴力基準
     両耳とも1mの距離で聞きわける。
     1000Hz・4000Hzで一側が30 dB 以下、他側が50dB以下で聞きわける。
    不適合の疾患
     耳介の欠損・著しい変形、突起の疾患、高度な外耳炎、慢性中耳炎、真珠腫、メニエール病及びその他の反復するめまい発作の既往歴、鼓膜穿孔など
  • 参照:「自衛官等の採用のための身体検査に関する訓令」

警察官

  • 聴覚などの条件:「警察官としての職務執行に支障がないこと」など、具体的な聴力基準は示されてないことが多く、受験資格か合格基準かも自治体によって異なる。
  • 判定方法:一次試験をパスした者は、聴力検査等の身体検査を行う。
  • 留意点:類似業務や、事務・研究職・行政職員では条件がなく、試験上の聴覚障害等への合理的配慮が明記されているものも多い。
    例)皇宮護衛官入国警備官刑務官 
  • 参照:警視庁「採用案内」、沖縄県「採用案内」

消防士

  • 聴覚などの条件:「左右ともに正常である」「業務に支障がないこと」など自治体によって異なる。受験要件か合格基準かも自治体によって異なる。
  • 判定方法:受験ができる場合、二次検査での聴力検査の実施か試験後に健康診断書を提出する。基準を満たさない場合、就労が可能か医師の意見等によって総合的に判断する。
  • 留意点:消防庁の研究職や事務系には聴覚条件の記載なし。
  • 参照:柏市「採用案内」、埼玉東部消防組合「採用案内」
空を飛ぶ飛行機

相談したいとき

聞こえを含め、「自分を生かせる仕事・職場はなんだろう」「やりたいことはなんだろう」「求められている仕事はなんだろう」と仕事選びに悩んだら、
学校のキャリアセンター(就職支援課)や地域のハローワークで相談してみるのも良いかもしれません。

すでに仕事をしており、困りごとがある場合や、転職を検討している方も相談ができます。
自身の努力や工夫や適性だけでなく、周囲の人のサポートや環境を改善することで、働きやすくなるケースもあるかもしれません。
(参考:「周りの人が職場で工夫できること」

学内機関や公的機関のため、無料で相談ができます。

就労上の相談窓口

公的機関以外にも、民間企業の就職エージェント(仲介)もあります。

相談内容に応じて、活用しましょう。

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参考・引用文献

就労に関わる法制度の例

  1. 障害等含む特定の人を排除しない。適性・能力が職務を遂行できるかどうかを基準として選考を行う。出典:厚生労働省「公正な採用選考」
  2. 障害特性に配慮した雇用管理や雇用形態の見直し等の優れた取組を実施している企業の認証。
    出典:公益社団法人全国障害者雇用事業所協会「活躍企業認定」
  3. 労働者の個人情報を収集し、保管、使用するに当たり、業務の目的の達成に必要な範囲内で求職者等の個人情報を収集、目的の範囲内でこれを保管、使用しなければならない。出典:「職業安定法」
  4. 雇入時の健康診断は、適性配置・健康管理に役立てるためのもの。応募者の採否を決定するためではない。出典:労働省職業安定局「採用選考時の健康診断について」
  5. 機能障害などを理由に一律に資格を与えない法律を廃止。補助者・補助的な手段の活用・一定の条件の付与により、業務が可能な場合も考慮する。出典:内閣府「障害者に係る欠格条項の見直し」
  6. 事業所は、健康診断の結果のみを理由として、解雇・退職勧告など不当と判断されるような配置転換・職位の変更を命じてはならない(不利益な取り扱いの防止)。出典:厚生労働省「労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱い指針」
  7. 解雇は、客観的に合理的理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、その権利を濫用したものとして無効とする。出典:厚生労働省「労働契約法」
  8. 定期健康診断の聴力検査は、45歳未満の者(35歳・40歳を除く)は、医師が適当と認める聴力(1000Hz・4000Hzの音に係る聴力を除く)の検査(音叉・会話)に代えることができる。出典:厚生労働省「労働安全衛生法」

トラクターに乗る人

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