小型船舶・潜水の免許を取得「海中では誰も声も出せないし、耳も聞こえない」

2020年3月27日 − Written by 麻野 美和

お話を伺った方のプロフィール

  • 名前:きみじまさん(仮名)
  • 年齢/性別:29歳、男性
  • 仕事:(水族館飼育員)水産系公務員
  • 聴力:右耳が全く聞こえない
  • 原因:不明
  • 発症時期:4才頃
  • その他の症状:特になし
  • 補聴器:なし
  • 周りの人への開示:ケースバイケース
  • 片耳難聴の受けとめ:今は楽観的

1. 海の上は聞き取りにくいから声を出す

船に乗られるということで、お仕事について聞かせてください。

昨年までは水族館の飼育員業務をしていました。餌やりのために水槽に潜ったり、生物調査のために船に乗ったり・海に潜ったりと、バリバリの現場仕事をしていました。小型船の免許と潜水士の資格を持っています。今は、水産系の公務員として働いています。

車の運転免許もそうですが、片耳難聴の人も船の免許がオッケーなんですね。

小型船舶を取得するには、「船内の騒音のような環境下で、300mの距離で汽笛(120dB)の音に相当する音を判別できること(補聴器により補われた聴力による場合も含む)」というルールがあります。
片耳難聴の場合は、その点は基本的にクリアされるので、特に検査や申告も必要ありませんでした。

両耳難聴の方も漁師として活躍してる方がいる話も聞いたことがあります。ただ、船関係の仕事が無条件にオールOKという訳でもないようですね。

自分が持っているのは小型船の免許ですが、大型船の場合も「5m以上の距離で話声がわかること」というルールなので、片耳難聴の場合は一律にNOではないと思います。実際働くときには、その機関にもよるはずです。視力・色覚・その他の身体機能も安全上の要件があるので、心配な方は適正相談の窓口に問い合わせるようになっています。

それでも海や船が未知の世界の私からすると、大変なのではと感じましたが..。ただでさえ海の上は大変なイメージがあるので、聞こえにくいと更に大変ではないですか?

そうですね。免許の取得講習のときも、実際に船の上で行うので波音・船音があり講師の話を聞くのは大変でした。エンジン音なんかも結構大きくて。身体や耳の向き・ポジションを変えて対応してましたね。

それから、例えば、長い網を海から引き上げる作業があるのですが、クレーンを使って行います。そのクレーンの場所が分からないと、ぶつかってしまい危険です。聞くだけでなく、目での確認、「目視」を欠かさないようにしています。

船は大きさにも寄りますが、自分が乗っていたのは10人程度で乗船するものでした。みんなで作業を行うチームプレーで、コミュニケーションが大事です。網を引き上げる作業も、皆で入り乱れる動きの中で行うので声をかけあってぶつからないようにします。自分から大きな声を出すことで、相手も大きな声で返答してくれる気がしていて、それは心がけていましたね。

ただ海の上は、片耳難聴に限らず誰もが聞き取りにくくて、自然と声が大きくなるし、声が大きい人が多い印象です。以外と困らずにやっていました。

なるほど。確かに自然と「声を大きく出しやすい環境」というのはいいですね。他には、何か気を付けていたことはありますか。

片耳難聴の場合、聞こえない側がから接近してくるものに気付くのには遅れがちです。車でも同じかも知れませんが、陸の場合は、道路があり・信号もあり、進行方向も大体決まっているし目で見て判断しやく、なんとなく予測がつきますよね。
でも、船の場合は360度が道。海の上で、他の船が何処から向かってくるかは分からないので、聞こえる人以上に見張りが重要だと思います。


  • 自動車運転免許:
  • 心身機能について「適正試験」がある。「両耳の聴力(補聴器により補われた聴力を含む)が10mの距離で警音器(90dB)の音が聞こえること」等。片耳難聴は、条件に該当しないため検査・申請は不要。相談は、各自治体の運転免許センターの窓口まで。
  • ・警視庁 適正試験合格基準
海を走る小型船

2. 海中では誰も耳が聞こえない

潜水士の資格にも、特に聴覚検査などはないのでしょうか?

潜水士の免許取得自体は、筆記試験のみなので特に聴力は関係ありません。実技も、ダイビングライセンスの取得が必要ですが難聴であることは関係ありません。最近は、ろうの方や身体・視覚に障害がある方に対応するスクールもあるようです。

海中では誰も声も出せないし耳も聞こえない。「ハンドサイン」がコミュニケーション手段です。

ただ、水中での安全と聴力保護のために、片耳難聴の原因にもあるメニエール病(めまい)や中耳炎、鼓膜に異常があって医師の許可がおりない場合は、就業が禁止となっています。耳のことに限らず、潜水業務に従事する人は半年に一度の健康診断を受けるルールです。

私は、耳抜き(耳と鼻をつないでいる「耳管」という管に空気を通すこと)が上手くできず、チャレンジできずにいます。水圧と耳の内部の圧の調整ができないと、鼓膜が破れたり外傷を負うケースがあるとも言うので..。

そうですね。僕も心配があったので、ライセンス取得前にダイバーでもある耳鼻科に相談に行き、コツを教えて貰い練習しました。

聞こえない側も、水圧の変化によって引っ張られている感じは分かりやすいです。そこで、唾を飲みんで耳管を開かせ中耳に空気を送り込むのが、より耳管に負担をかけない安全な耳抜きだそうです。

鼻を摘んで力み、鼻腔内の内圧を高めることで、耳管を通して中耳腔に空気を送る方法もありますが、耳腔に急激に圧力がかかるため耳管周囲の腫脹を引き起こしやすいようです。

知識・練習が必要ですね。耳抜きは、風邪気味や鼻炎などその日の体調によっても影響されるので体調管理も重要ですね(詳細は後日別記事にて)


  • 免許取得・ダイビング実施・就職の採用等については、当時のものです。今後変更になる可能性や、採用機関によって異なります。ご自身の適正基準等も医療機関・関係機関でご確認ください。
ダイビングをする人

3. 狭き門、耳のことがネックになる不安

そもそも、水産系のお仕事を目指された理由や、片耳難聴が職業選択に与えた影響があれば教えてください。

志望理由は、単純に海が好きで、魚が好きだったから。水族館の飼育員を目指し始めた高校生の頃は「(倍率が高くて)狭き門なのに、耳のことがさらにネックになるのでは」と不安でした。でも、大学生くらいからは「耳の聞こえを補うくらい頑張ればいいじゃん」と考えるようになりました。

できることを頑張ろう、という姿勢ですね。共感すると同時に、追い込み過ぎるとプレッシャーにもなる場合もある気がします。
「聴力のせいで他を人より頑張らなければならない」といったしんどさのようなもの..そういった感じは、ありませんでしたか?

自分が好きなことをやっていたのもあって、精神的に辛くはならなかったですね。片耳難聴によってひどい思いをしてしまったら話は違ったのかも知れませんが、僕の場合はそういった体験もなかったし、物凄く困る体験もなかったので大丈夫だったんだと思います。家族も心配はしてくれたけれど、過保護にはなりすぎず..といった感じだったので。

聞こえなくなったのは、4才と幼いころでしたね。仕事のこと以外でも、今に至るまで気持ちの変化はありますか。

発覚したのは、右耳で電話を取っても聞こえないっていうことからだったのですが自分ではよく分かっていなかったと思います。親が病院に連れて行ってくれたみたいですが、あまり記憶がないです。

徐々に、実際の生活上の不便、話しかけられた時に「あ、こっちからは聞こえないんだな」とじんわり自覚をしていったと思います。子供のころは「そこまで不便は感じないけど、なんかソンしてるなぁ」という感じでしたね。
大人になってからは、同じような弱さを持っていたり、もっと大変なハンデのある人の痛みをより想像できる気がして、「これはこれで」と受けとめるようになりました。

4. 聞こえない側に信用している人を

昨年までの現場仕事から、今はデスクワークになったということですが、いかがですか。

デスクワークは、むしろ大変だなと思いました。静かなので、静かな声しか出しにくくて笑。海の上のように大声を出せないっていう笑。電話を取っているとき、周りから声をかけられても聞こえなかったりするのは困ります。

聞こえないことは、周りの方にはお伝えしているんですか?

いまの職場では、初めの自己紹介で全員に伝えていて、わかってくれている感じがありますね。なので、聞こえなかったら聞き返しています。
席は、特に配慮を希望しなかったので変えずそのままです。聞こえない側にも人がいます。その分やはり、目は聴力をカバーするように聞こえない側を向いていますね。

エントリーの時にもお伝えしていましたか?皆さん悩まれることの多いのが、伝えるタイミングです。

採用では、内定が出て最終面接で口頭で伝えました。「片耳が聞こえなくて」と言ったら「日常で支障あるか」と聞かれ「特に支障ありません」というやり取りで終了でした。思ったよりあっけなくて。気にされた様子はなかったですね。

言うとき・言わないときの違いって何かあるんでしょうか。

必要な時には言いますが、自分の場合は、言うのが面倒だったりします。言わないで自分で対応してしまった方が楽だなと。自分でどうにかできることは、自分でどうにかする。相手に気を遣わせるなっていう気持ちもなくはないです。

伝えるときはどんな風ですか。

伝えるときは、緊張はしますけど。普段のキャラクターが飄々としているタイプなので、どういうテンション言えばいいんだろうって。
でも「今まで言ってなかったんですけど..」と伝えると「あ、そうんなんだ」で終わって、そんなもんなんだなってホッとします。

自然に受け取って貰えると助かりますよね。伝えたことで周りの人からして貰って助かるのは、どんなものがありますか。

呼ばれている声は聞こえても、音の方向が分からないので誰に・どこで呼ばれてるか分からないってありますよね。(音源定位についてはこちら「片耳難聴が聞こえにくい理由」)そのときに「あの人だよ」って教えてくれたりすると助かりますね。
聞き取りにくくて何回か聞き返しても面倒くさがらないでいてくれるのも有り難いです。あとは、さり気なく聞こえるほうに来てくれる人も嬉しいです。

気づいてくれる方がいるんですね。

そうですね。それから、飲み会の席などでガヤガヤして聞こえにくいところでは、信用している人に聞こえない側にいて貰ってますね。「こいつなら聞こえてなくても・聞き返しても気にならないだろう」と思って。

信用している人を難聴側に置く..それは新しい発想でした。そんな信頼関係があったら過ごしやすいですね。

飲み会で乾杯する人達

参考情報

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