公認会計士の資格を持ちながらスタートアップ企業のcanow株式会社で働く日置(ひき)さんと、友人であり同社代表である桂城(かつらぎ)さんにお話を伺いました。
きこいろではこれまで、当事者のインタビューやパートナーとのインタビューを行ってきました。今回、ご友人であり同僚のインタビューは初めて掲載します。
お二人は、日置さんの片耳難聴との付き合い方や、一緒に働くことについてどのように考えているのでしょうか。
・目次
- 友人からみた日置さん、片耳難聴について
「右耳、聞こえないんだ」 「じゃあ、話しかけるの左からだね」 - 日置さんの片耳難聴について
就学時健診での判明、アメリカへの引っ越し、アブミ骨手術 - 日置さんが公認会計士として働くということ
自分が持っている要素を掛け合わせて
お話を伺った方のプロフィール
- 名前:日置 勇樹
- 年代/性別:25歳/男性
- 仕事/所属:公認会計士/canow株式会社 最高財務責任者
- 聴力の程度:左耳の聴力は正常、右耳が全く聞こえない
- 原因/時期:先天性のアブミ骨の形成不全と三半規管の石灰化
- 治療の経験:アブミ骨手術の経験あり
- 補聴機器の使用:なし
- 難聴に伴う症状:平衡機能の不全で、バランスが取りにくい
- 周りの人への開示:仲のいい人や必要がある場合に開示
- 片耳難聴の受けとめ:それが自分だから深く考えたことがない
<ご友人> - 名前:桂城 漢大
- 年代/性別:25歳/男性
- 仕事/所属:canow株式会社 代表取締役
- 相手の片耳難聴を知ったとき:自然に受けとめた
- 相手の片耳難聴についての受けとめ:特別な意識はない

1.ご友人からみた日置さん、片耳難聴について
「右耳、聞こえないんだ」 「じゃあ、話しかけるの左からだね」
早速ですが、日置さんの片耳難聴について、ご友人の立場で桂城さんはどう受けとめていますか?
桂城:僕にとっても、当たり前のこと、ですかね。
彼が右耳が聞こえないことも、それで自分が彼の聞こえる左側に座ることも。10年以上一緒にいるので、それが習慣になってますね。もう身内みたいな感覚で、自分のことのようにも喋っちゃいます。たとえば、何人かで集まってて、彼が聞こえる側の席を取るときに他の人に「こいつ、右耳聞こえないから(右側に座るんだ/座らせて)」とか。
自分以外の人から開示されるって違和感を覚える人もいるかもしれませんが、彼も抵抗はないし、僕も片耳が聞こえないことはタブーでも恥ずかしいことでもないって思ってるので。
関係性にもよりそうですね。初めて会って、日置さんの片耳難聴を知ったときのことは覚えてますか。
桂城:中1か中2の頃に、詳しくは覚えてないんですが「右耳、聞こえないんだ」って彼から言われて。
「全然聞こえないの?」って聞いたら「うん、なんも聞こえない」って。僕は「じゃあ、話しかけるの左からだね」ってなって。
お互いに、初めからタブー感はなかったです。
彼に難聴と聞いてから、結構最低かもしれないんですけど実は密かにチェックしてたんですよ。彼の聞こえない右側から小さい声で「バーカ」って言って聞こえるかどうか(苦笑)どの程度の大きさとか距離だったら、聞こえるのか聞こえないのかなって。
お二人の場合は、お互いのタブー感がなく、信頼関係性があるからこそなんでしょうか。
桂城:もちろん人によって変えますよ。本人が隠してるんだったら、そこはつっついちゃダメなんですよね。それが相手への尊重だと思ってるので。
でも、要は人間関係なんで。彼だけじゃなく、障害とか色んな事情がある人が周りにいますけど、相手とちゃんと「関係を築きたい」って思ったら自分から壁を崩しにいくこともあります。相手へのリスペクトやタイミングが大事ですよね。
片耳難聴あるあるとして、伝えても忘れられたり、覚えてもらっても左右どちらかってのは忘れられることが多いようです。桂城さんは、あまりそういうことはなかったですか?
桂城:たとえるなら原理は、人をエスコートするとかレディーファーストと一緒なんですよ。目上の人には先を譲るとかお酌をするとか、女性や子どもには道路の内側を歩いてもらうとか。それと同じ感覚なんですよね。
1回それをやるって決めたら、あとは何回かやってれば自然とできるような感覚です。
席を変わるとか、聞き返されたら言い直すとか、それを日常に落とし込んだら終わりでしょって。聞こえる僕が言うと、良くないのかもしれないですけど、そんなに難しく考えなくても、シンプルに。
別に、誰だろうと何の障害だろうとやるんです。彼だからやるとかじゃなくて。彼のためにというより、自分がそういう行動基準なので。
子どもの頃から、そういったマインドがあったのは何か気づきを得る機会があったんでしょうか。
桂城:教育と環境ですかね。僕たちの学校は、道徳の授業とかは机上で学ぶだけでなく、課外活動や実践活動が多かったので、リアルに触れて考える機会に恵まれていました。周りにも、色んな事情がある人が多くて、たとえば、両耳が聞こえなくて補聴器使ってる友達とか、手足の障害がある友達とかも、一緒にいたので。
できないことがあるなら、他の誰かがやればいいし、自分も出来ないことは、人にやってもらう。
そういうふうに僕らの周りには、なにかハンデや課題があるなら、合理的にどうすれば良くなるかっていう軸で行動する人が多いと思います。
日置:だから、自分だけが耳のことがあるから気を遣ってもらったとは全く思ってなくて。お互いがお互いを思いやってる環境が普通だと思って育ってきました。「完璧な人間はいない」と思っていて、皆なにかしらある。自分の場合は片耳が聞こえないっていうことで。
桂城:そうですね。今年から弊社canowの財務責任者として日置がジョインしたんですが、それも彼の片耳難聴のことも踏まえて、皆の特徴や経験、バックグラウンドにあるものを生かしてチームとしてよりいい状態にしてこうってやっています。
チームメンバーで生かし合う、ということですね。最近では起業やフリーランスといった働き方も浸透してきましたが、お二人の場合は、どうしてこの道を選んだんですか?
桂城:昔から仲が良くて、将来は一緒になにかやるだろうなってなんとなく思ってました。その形が今の会社です。
今の会社の事業は、「ブロックチェーン」という最新のIT技術で、データを集約するプラットフォームをつくっています。共通のID機能を活用して様々なサービスを提供する/確立することができると考えています。
その一つに、身分証を作ることを構想しています。たとえば、病気や障害があっても、公的な制度上の保障からは外れる人たちが沢山いますよね。片耳難聴もその一つ。証明書として発行される障害者手帳のようなものもないですよね。片耳難聴の証明を公的に求められる機会があったときには、医師の診断書が必要になることもあると聞きます。
なので、改竄や漏洩のリスクも低いブロックチェーンの技術を生かして、医学的な認証を入れた身分証のアプリケーションを使ってはどうかと。もちろん、個人が希望した場合にですが。
ブロックチェーンの社会的課題への利用としては、海外での難民支援への応用が始まっているのを聞いたことがあります。
桂城:自分自身も、学生時代にした海外でのボランティアの中で不均衡や不条理を目にした経験から、社会的課題にアプローチしたいという思いが強いんです。
当事者でない人間が、そうした問題に言及すると「偽善」「お前が言うな」とか、そもそも口に出してはいけない風潮があるように思います。でも、偽善もなにも、自分が感じることを言ってるだけだし、なにかしたいと思っているからやるんですけど。
ただ、保護や施しでは本当の解決にならない。どう自立をサポートするか、当人をエンパワメントできるかだと思っていますし、当事者本位であるためにも寄付や助成だけに頼らなくていい社会構造をデザインしていくことが必要だと考えています。
ビジネスを通して、様々な人のニーズや社会課題に持続可能な形でソリューションを考える、その中の一つに難聴についても取り組んでいこうと考えているんですね。
桂城:そうですね。これから彼主導で取り組んでいきたいと思っています。片耳難聴を持つ彼だからこそ、説得力があったり、出来ることがあると思っています。
そして、彼が友人でありチームの一員ということは、僕たち他のメンバーにとっても、片耳難聴や聞こえにくさ、様々な個々の特性ががハンディキャップとなってしまう社会や環境を良くしていく責務があると思ってます。
2.日置さんの片耳難聴について
就学時健診での判明、アメリカへの引っ越し、アブミ骨手術

順番が前後しましたが、日置さんの片耳難聴について詳しく聞いてもいいですか。
日置:生まれつき、アブミ骨の形成不全と三半規管の石灰化で右耳が聞こえません。でも、分かるまでにはタイムラグがありました。小学校の就学時健診で聞こえないことが分かり、病院に行きましたが、あまり詳しい検査はなく終わりました。
原因まで分かったのは、小学校2~3年生の頃です。父がアメリカに転勤になり、現地の学校で再度詳しく調べるよう言われ、CT(Computed Tomography:コンピュータ断層撮影法)などで検査したところで耳の中耳にある「アブミ骨」の奇形があると分かりました。さらに、アブミ骨を人工のものにするという手術をして、耳を開いたとき、内耳も石灰化していることが分かったそうです。
つまり、アブミ骨の手術をしても、さらに奥にある内耳が機能していないので聞こえないのは変わらないということですよね。段階を追って判明していったと思うのですが、その間のご自身のお気持ちやご家族の反応など、覚えていますか?
日置:僕は、あまりショックとかもなかったですね。まだ小さかったというのもあるでしょうし、判明していなかったといはいえ、もともと片耳の聞こえで育ってきていて違和感もないので。
親からも深刻になにか言われたりした記憶はないです。「右耳が聞こえてないから、病院に行くよ」くらい、隠されもせず、事実を伝えてもらって。
何度も病院に行ったり、手術をしたり、子どもの身に大変だったのではと思います。また、アメリカに引っ越されて、言葉の壁も出てきてと、片耳難聴の大変さの割合が大きくなりそうだなと想像しましたが。
日置:手術したっていうのは覚えてますけど、片耳難聴のことでトラウマになったりとかはないです。
手術は、全身麻酔で気付いたら終わってたっていう感じで。術後は、視界がグルグル回っていたり、頭痛かったりで大変でしたけど。
その後も、平衡感覚(バランス)を司る耳の半規管が石灰化しているので、目をつぶって真っ直ぐ立っていられないなどもありましたが、自分の場合はそれでとても困ったり嫌な思いはしてこなかったです。体育の授業やスポーツ系の部活も皆と一緒にやってましたね。
体のバランスは、脳の代償機能というものが働いて、片側のバランスが悪くても補完されるので、それが上手くいっているのかも知れませんね(詳細:「めまいと生活」)
日置:それからの生活も、片耳難聴だからというより、英語ができない状態で突然にアメリカの現地校に通い出すことになった苦労が多かったです。言葉が分からないのもだし、周りの環境も人の文化も違いますし、現地の変化に慣れるまでが大変だった記憶の方が大きいです。
アメリカの学校では、固定席ではなく自由に席を選んで座るので、自分で聞こえる側の席を取っていました。なので、あまり周りに片耳難聴を伝える必要性やタイミングもなく、積極的に開示はしてこなかったです。
自分にとって当たり前すぎて気にしていないので、遠慮というより、必要なタイミングがいまいち分からなくて、そのままになることが多くて。
片耳難聴を意識されるような瞬間があまりなかったんですね。
日置:初めて片耳難聴を意識したのが大学の頃で、友達に難聴側から呼ばれていたのに気付かなくて、それを指摘されたんです。「無視したよね」って。他にも「マイペースだね」と言われることがあって。そのときに「あ、自分には知らない世界が半分あるのかもしれない」と思うようになりました。
ただ、マイペースだと周りが認識してくれるのは、それはそれでいいのかなと。片耳難聴のことを考えたら、たしかにそうなるのも不思議ではないなという思うし、それも含めて自分だしなと思っています。
3.日置さんが公認会計士として働くこと
自分が持っている要素を掛け合わせて

現在は、公認会計士としてスタートアップ企業に勤められていますが、公認会計士という職業の選択には片耳難聴が与えた影響はありましたか?公認会計士を取得する自体、合格率1~2割くらいと聞いたこともあり、大変努力されたのかなと思ったのですが。
日置:まず、公認会計士については数学得意だったので、得意なことを生かそうと思って。片耳難聴は関係ありませんでした。公認会計士は、国家資格ですが難聴であるからなってはいけないという決まりもありませんし。今は、基本的には国家資格でも大体は、どの障害に関わらず受験資格に制限はないですよね。
ただ子どもの頃には、「パイロットはなれないよ(業務の安全遂行のため身体要件が定められている)」ってお医者さんに言われはしました。パイロットになりたい訳ではなかったし、もし他の仕事でも、「片耳難聴ではなれない」って言われたら、「そうなんだ」って感じで受け入れようと思ってました。やってみてそれでダメって言われるならしょうがないなと。
これまで、片耳が聞こえないせいで何かを諦めたことはないと思いますし、別に聞こえてても聞こえなくても選んでなかった気はしますけどね。
就活や実際に働く中では、どうでしたか?
日置:就活では、伝えませんでした。コミュニケーションがうまく取れなかったら伝えていたと思いますが、たまたまその機会が来なかったので。
監査法人という、公認会計士が集まっている会社で新卒後4年働いたのですが、ものすごく困るっていうこともなかったんです。
主な業務としては、会社の方からヒアリングをしたり、業績を見てアドバイスをするんですが、仕事でクライアントと話す時は静かな環境ですし。会議も結構ありますけど、複数人が同時にわーっと喋るような状態になく、一人一人が順番に話しているので聞こえます。たまたまですがオフィスの席自体も、フリーアドレス(自由に選べる)だったので、自分自身で聞こえるポジションを取りやすかったです。
飲み会があると、ざわざわした中で両耳が聞こえてる人も聞こえにくいってありますよね。片耳聞こえないと、さらに聞き取りづらいと思うんですが、僕は飲み会自体が少ない部署にいたので、それもそんなには気にならなかったですね。
聞こえで困るか困らないかは、環境の影響も大きいなと思いました。それでは最後に、今後お仕事の抱負があれば教えてください。
日置:いま、大手企業からスタートアップのCFOになり新しくチャレンジを始めたところですが、「公認会計士」というキャリアがあるのは一つの安心材料ではあるんですよね。当時は関係なく選びましたが、いま結果的に、別に片耳が聞こえなくても「自分の得てきたスキルや資格・経験でやっていける」という自信になっているように気がしています。
でも、片耳難聴は単なるウィークポイントではなく、そこから社会に対して何ができるだろうっていう発想でやっていきたいです。数字が得意なことも、片耳難聴であることも、掛け算みたいに自分が持ってる要素を掛け合わせて、良い形でアウトプットしていきたいと思います。
これまでの努力が実ること、そして今後のご活躍を応援しています!

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